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四川省遠征2010・山梨県山岳連盟(3)

  • 2010年10月11日 21:02
  • 海外遠征
期間;2010年9月11日(土)~20日(月)
メンバー  アピ登山隊         ; 植松・金丸(御坂)・関
             牛心山登攀隊     ; 亀田・橋本(山梨アルパイン)
             双橋溝トレック隊  ; 小泉(明野)・川島(高根)・岩下(山猫)

16日(木) 天候 晴れ後ヒョウ後雨後曇り


昨日は12時間行動であった。我々も本日は休養日とする。
朝食後はいろいろ干しものをする。王さんが暇を見つけては採取してくる雪連(薬草)
下界では1本辺り2元~3元すると言う。


薬草・雪連
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何に効くのかの俺の問いに滋養強壮、高山病にも聞くと言う。
時間があるのでこの薬草雪連を飲ませてくれと言うと湯を沸かしだした。
つー事で、ジャンさんと俺は朝の血中酸素をパルスオキシメータで測った。
75以下は危険数値、ジャンさん74・植松76、双方ともあまりよくないね。
沸かしたお湯にただ雪連入れるだけ。ごく普通に緑茶の味であり、これなら飲める。
その後、パルスオキシメータで再測定。凄い!ジャンさんも俺もいきなり10ポイント以上上がる。
植松88ポイント、ジャンさん85ポイント!なにこれ状態となる。



ジャンさん・おーさん
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雪連の効能確認有効、これなら売れるけど標高4,500m越えないと無いのだからこれまた凄い!
暗雲垂れ込めてきた。やがてヒョウが降り出ししばらくは本格的な雨となる。
雨がやみ、金丸は王さんと雪連取りに出かけ、しばらくして多量に取ってきた。
それと電話が通じる場所があると言う。時間もあるので電話報告をしに行ってくる。
落が来そうなバンドを往復1時間かかるのだ。早く渡辺にバン亀の記録を伝えたい。
渡辺に連絡しておけば白鳳会も岳連へも伝わるはずである。
通話終わりBCに戻る。さて、我々はには後1日しかない。昼間金丸に伝えた。
後1日をあのロシアンルーレットルンゼに行ける所まで行ってみるか、左のピラミッドピークのコルまで偵察に行くか。
実は、ここ双橋溝到着時に、1ヶ月前にある日本隊が野人峰を登攀していると落を直接受け、ヘルメットを貫通し頭蓋骨も割れ、
目鼻口から血が出、ほぼ絶望状態だったが、同パーティメンバーと村人50人態勢で車道まで降ろし、救急車で成都へ。
成都の病院は金やコネの社会で当てにならないと李慶は判断、事故2日後には東京の病院へ送り、
今は元気になってリハビリをしているという。そのことがアピ山2日目の行動中、あの落石音で、
植松の心に臆病風が吹きはじめていたのは否めない。
18時、バン亀と交信する。明日の夜はトレック隊がバン亀のBCに合流するそうだ。
交信後、金丸に明日はどうしようかと問うとロシアンルーレットルンゼに行きたいと言う。
上記の様、植松の心境は複雑だ、が、「よし、行こう、朝早くなら落も来ないだろう・・・」登攀準備にかかる。
夕飯時にジャンさんに明日の朝の飯を要らないと伝えた。


17日(金) 天候 晴れ


朝7時、金丸の声で起きる。まだ外は暗いが天候もよさそうである。
よし、最後の一日である全力をつくそう!とテントをでるが、おなかの調子が悪い、自分所定のキジ場まで間に合わない。
途中でしてしまった。まるで小便の様だ。テントに戻るとまた模様してきた。それに山に登ると言う気力が失われている。

「金丸、ごめん、俺には行けない、行く気力が出ない・・・」
「大丈夫です!了解です・・・」終わった!すべてが・・・長い一日が始まる。

金丸は本日も王さんと雪連取りと水晶探しへ、俺は午前中は小便みたいな下痢と格闘。
午後は下痢も収まり食欲も戻った。


白鳳旗
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夕方、王さんがBCにチョルテンを作り始めた。
18時、定時交信時間だ。李慶率いるトレック隊も予定通り合流している。
関も元気で無線に出る。明日みなさんと合流しましょうと無線を切った。


完成!アピチョルテン
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18日(土) 天候 晴れ


今日は山を降りる日、朝食を食べ終わる頃、もう最初のポータが上がってきた。
我々も下山準備にかかる。準備終わるころ、次々にポータがやってきた。成田免税店で買ってきたセブンスターを配る。
2時間で標高差1,000mを一気に降りる。そして車道にでた。車道からは車で双橋溝終点のお土産や広場まで行き、
牛心山登攀隊・トレック隊と合流予定。やがて賑やかになり、みんなと合流した。みんな俺と金丸の日焼けには驚いていた。
今夜は王さんちで大パーティーとのことだ。


白鳳会員&中国スタップ
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左が牛心山登攀隊コック兼運転手ガンさん、植松の横が李慶氏、右端がジャンさん。
この晩は、凄かった!歌唄歌唄!踊り踊り踊り!腕相撲腕相撲腕相撲!夜が更けていくのであった。


19日(日) 天候 快晴


双橋溝を後にする日が来た。民宿おかみやら村人総出での見送りだ。
ヤンは涙ためて俺の両手を握ってなにやらしゃべっている、わかんねーよ!
李慶のFJに乗込む、振返れないほど感傷的なっているのである・・・おそらく後部座席に乗っているバン亀も同じだろう。
復興を急いでいるホテル街日隆を過ぎ、やがて四姑娘山が見える場所に来た。今日は快晴!
前回はバン亀は曇っていて見れていない。凄い!凄い!の連発である。


四姑娘山
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4,400mパーロン山峠に着いた。双橋溝の谷にいよいよお別れである。また来れるのかなぁ・・・


トヨタFJ米産
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パーロン山峠
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パーロン山峠を越えれば李慶が初登頂した大雪塔が見え、一気に3,000m下るのである。


李慶初登頂・大雪塔
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峠道は以前より広く快適であった。しかし谷底に降りると、地震と大雨の影響で家々はつぶれ、
あの大きかったパンダ園もズタズタに破壊されており見るも無残である。
この先はもっとひどいという。聞けば昨日通行止め解除との事。
山々ははるか上から崩れ落ち、前は緑々していた山々がそのすべてが岩がむき出しとなり谷を埋め尽くしているのである。
そこに車一台しかしかも4WDではないととても通行は無理なのだが軽や乗用車もいて遅々と進まず、
前から来れば降りて行って譲り合いの交渉するのである。


四川大地震の爪痕
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11時40分、昼食には早いが、ある店の前で先頭を行く王さんの車が止まった。
ここで飯だと言う。李慶にもう安全地帯に出たのかと聞くと、いやこの先が一番ひどいという。
なら飯なんか食っていないで早く抜けようと俺が言うと、その通りと言い、王さんを説得に行きみなすぐ車に乗り込んだ。
多量の土砂の上を通過、この下に40台は軽く埋まっているという、皆即死だという、そして先日も王さんのいとこがダンプの助手席
で落石の直撃を受け即死だと言う。今回の旅で一番デンジャラスじゃんけー!と違う谷が合流し見たような景色になって、
李慶が言った、安全地帯にでましたーもうそこが高速の入口です。
この差はなに?釜無川の真横をガタガタ揺れていたのが目の前にツールゲートが現れ2車線のトンネルにいきなり突入
120kmを簡単にオーバーし、長いトンネルを抜けるとそこはもう大都会成都の入口都江堰である。
都江堰ICで食事のため降りるが、1台目を走っていたガンさんの車がいない(小泉・川島・岩下乗車、通訳無し)
どうやら成都に直接行ってしまったようだ。どうするうえまっさん、成都へ行こう、そしておいしいラーメンが食べたい。
そこは行列が出るほどの人気のラーメン屋、ここで庶民金銭感覚がわかったのだ。
なぜ?成都の大都会で一般サラリーマンやおねい様方、またはタクシー運ちゃんがいるのだ。
ラーメンは2元から4元28円から56円程度なのだ。
ホテルに戻りシャワーあびて市内のスーパーに行き買い出し。
最後は火鍋料理やで打ち上げるのであった。



最後の食事会
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20日(月) 天候 晴れ


今日は帰国の日、帰りたくない?
本屋によって、成都飛行場に向かう。9月22日から成都空港は成都国際空港となり、直行便が飛ぶという。
つまり入国審査が出来るのである。
李慶・ジャン・ガンとお別れである。12月にはもしかしたら日本に来るという、握手し別れた。
成都フライトの瞬間は涙腺がやばかった。関が横で涙声で言う、アピではなくてもまた来ましょうと・・・
今回の遠征は、さまざま人々に支えられ感謝。牛心山新ルートも<謝々>とバン亀が命名。
李慶よりメールが来ました。四川省登山協会は正式にこのルートを登録すると・・・
成都、またここに来るのだろうか。



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