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UTMB 敗退

日時:2013年8月30日(金)~9月1日(日)
天候:晴れ、曇り、強風
メンバー:森田

今回は、UTMB(ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン)に参加して来ました。

このレースは、トレイルランナーの憧れのレースと言っても過言ではないレースです。 
各国のトレイルの大会を完走してポイントを貯めて申し込み、抽選で参加資格が得られます。
(日本の大会は最近、クリック合戦や抽選で参加するのも大変です。)
また、この期間中に同時にTDS、PTS、CCC、UTMBと全4カテゴリーのレースが行われます。 
(距離、コースが違います。)

コース
フランスのシャモニーをスタートし、モンブランの周り(外輪山?)を反時計回りに1周してシャモニーに戻る、
168km(約100マイル)、累積標高9600mのコース。標高は大体1000m~2500mの間のランになります。

日程:8/27火 夜、羽田からドバイ経由でスイスのジュネーブ。ジュネーブからバスで1時間半でシャモニー着。
現地時間8/28水 17時シャモニー着。
8/29木 受付。
8/30金 ドロップバックを預ける。16:30スタート
9/1日 14:30 UTMBの制限時間。
9/2月 10:00シャモニー発。バスでジュネーブ、ドバイ経由で成田に日本時間の9/3火 17:30着。

8/28水 シャモニーを散策しTDSのトップ選手のゴールを見学。
8/29木 ロープウェイでエギュードミディ3824mへ行き、モンブランを間近で見て、高度順応も。
ユックリ歩く分にはチョイ頭痛くらいだが、走るとヤバイ・・。まぁ、レースは標高2500m位までなので良しとする。
帰りのロープウェイの中間駅で少しランニングして下山し、レース当日の荷物を用意し、長蛇の列に並んで受付終了。
8/30金 午前中散歩して、昼寝の後に準備して16:30スタート

ついに、このスタートラインに立つ事が出来た!
う~ん、長かった・・。
で、この大会、やけに盛り上げるのが上手い!お国柄なのか、応援も凄い!スタート前に号泣している選手もチラホラ。
16:30ついにスタート。老若男女、凄い声援の沿道を歩く、小走り、走り、で結構ペースが速い。

一山越えて隣町へ、また一山越えて隣国へと言う感じで本当に旅って感じです。
童話に出てきそうな町や恐竜が棲んでいそうな絶景まで飽きさせない。
夜は、前を見上げたら山の稜線までヘッドライトの列が連なり、そのまま満点の星空につながって、
後ろを見たらはるか後方まで今まで進んで来た道がヘッドライトで浮かびあがっている。 
イタリアに入ってからは、左にモンブラン、グランドジョラスの絶景、氷河も見える。 
ふぅ~、来た甲斐があった。。
が、40kmくらいで痛めた膝がとうとう動かなくなってきた・・。
騙し騙し、粘って来たが、前半のタイムマージンを使い果たし、スイスに入って103km地点でスイーパーに
回収されちゃいました・・。(8/31土20:30頃)
何が悔しいって、2度目の日の出、この先の絶景が見れないのが悔しい・・。

103km地点のラ・ピュールから車でシャモニー行きのバスが出るシャンペ湖まで送ってもらい、シャモニー行きのバスに乗り、
途中乗り継いで深夜のシャモニーへなんとか到着。

まとめ
皆、最後はUTMBって言うけど、ドンだけのモンかと思っていたが、実際に参加してみて納得。
このレース、チャンスがあれば参加してみる事をお薦めします。

また、いつかリベンジしたいネ。
でも、後半走れなかった所は、CCC(100km/累積標高5950m)で走ったら、1周になるしなぁ・・。

ちなみに、UTMBの参加者の平均年齢は43歳らしい。


ミディからモンブラン
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ホシ
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アレット モン ファーヴル
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グランドジョラス
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モリタ

第50回 海外登山研究会 日本山岳協会国際委員会

2012218日(土)

場所;神田石井スポーツ6回会議室

 

国際委員長金丸と恒例の海外登山技術研究会へ出席してきました。

金曜の晩、仙台より帰省して朝7:30の電車はきつかったです。

でも、この会場で祐介に会えると思っていなかったので。

 

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                                                   山梨県山岳連盟国際委員長

 

11:00受付開始 11:15開会

11:3012:10 GIRIGIRI BOYS ウルタルⅡ峰 登山隊2012 佐藤祐介

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                                                                    佐藤祐介1

 

 

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                                                                        佐藤祐介2

 

12:1012:40 マナスル 彩の国マナスル登山隊 埼玉県山岳連盟

12:4013:20 ヤズィックアグル峰初登頂 信高山岳会

13:2014:20 東部カラコルムとラダック、最近の登山

14:2015:00 2011年主な海外登山状況 池田常道

15:0015:45 高所登山における医療 堀井昌子

15:4516:00 閉会

 

 

金丸さんと新宿西口で飲んで、駅に行くとホームに自然保護委員長の磯野さんがいるではないでか。

3人であずさの中で盛り上がりました。

                                                                                                                                                     植松一好

2011海外登山研究会

  • 2011年2月10日 06:24
  • 海外
28日~30日富山文登研で冬山レスキュー講習会行くはずでしたが、
仕事が忙しくいけませんでした。しばらくは遭対委員会のメンバーに会えないので行きたかったのですが。
国際委員長(山梨岳連)金丸のお誘いにて急遽30日、日帰りで代々木に行ってきました。
内容は濃かったです。

2011年1月30日(日) 天候 快晴

場所;国立オリンピック記念青少年総合センター

メンバー;金丸(御坂山岳会)・植松(白鳳会)


9:00受付
9:15開会 

9:30~12:25  セッション Ⅰ

「平成21年度海外登山奨励金交付登山隊の報告」
9:30~10:25― 富士山八合目太子館ガイドアラスカ登山隊2010 ―
隊長 天野和明 氏

パネラー天野氏
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10:30~11:25― GIRI GIRI BOYSラトック峰北壁登山隊2010 ―

パネラー横山氏
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(ローガン南東壁も発表いただく予定です)
隊員 横山勝丘 氏(第5回ピオレドール・アジア賞受賞)

パネラー再び横山氏
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11:30~12:25― 松本CMCランタン・リルン東壁登山隊2010 ―
隊長 馬目弘仁 氏

パネラー岡田氏
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昼食(各自)

13:15~ 16:40  セッション Ⅱ

「ヒマラヤ研究者による講演・登山隊報告・最新海外登山情報など」
13:15~14:25 ― 最後の辺境、チベットのアルプス ―
中村 保 氏 (ポーランド国際探検家賞受賞)

パネラー中村氏
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14:35~15:45 ― カンリガルポ山群・幻の6000メートル峰 ―
神戸大学日中合同カンリガルポ山群学術登山隊 隊長 井上達男 氏

パネラー井上氏
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15:50~16:10 ― 富士山測候所利用による初期段階高所順応の有効性について ―
静岡県山岳連盟 海外委員長 出利葉義次 氏

16:10~16:35 ― 最新登山情報などについて ―
エディター 池田常道 氏 他 

16:35~16:40
 挨拶 青木 茂 国際委員長

閉会(解散)
 
*今年の日山協国際委員会総会は山梨で行うそうです。6月18,19日楽しみですね。
 

植松一好

山梨県山岳連盟創立60周年記念海外遠征お迎え隊編・その2

パオ内の写真を前に、中村さんやらみんなから現地で聞いた内容を話しましょう。
(既にサンニチに掲載中らしいが・・・)
7月31日に中村・中沢両名がC3を出たが、中沢隊員は降りることとなり、中村単独で上がる事となった。
中村さんいわく、意識のほとんど無い状態での登頂となり、セルフタイマーにて写真を撮る時、
イスラムでの飾り物と思われる石?を倒してしまった・・・
それは昨晩C3で見た夢とまったく同じ状況で、本人いわく相当混乱してしまった・・・そして下山。
降りて行くと、どうやら登頂ルートと違う事がわかりはじめた。
これは山頂での先ほどの行為に対しての天罰が下ったと・・・
そして、また登り返しにかかった、が、途中でトラバースに切り替え、しばらくの所で地元の
サミッターガイドに出会った(三枝隊長の判断にて救援として急遽やとった)

詳細はアタック隊の報告で。

巨大なパオに入り、目が慣れてくるともう既にテーブルには各隊が揃っていた。
また、パオの中の装飾も綺麗である。全員で乾杯!

パオの中
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イラン隊?パキスタン隊?
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各隊の踊り、音楽、祈り、豪華な食事にアルコール。最高である。
このような登頂祝の背景には残酷な仕打ちもあるからだ、アタック隊が着いた時には中国隊1名
が高山病で死亡、イギリス隊も1名死亡、そして10日立っても降りてこないフランス人1名、
毎日、奥さん?がテントの外に出ては山を見つめている・・・

8月4日(月)

本日は下山である。ここのBCのゴミは一箇所に集められる。
その後、大人達が残り物をあさりに来る、大人達が去った後は子供達だ。

ゴミをあさるBCの子たち
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撤収荷造り
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荷下げラクダ
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荷物はラクダへ。隊員はスバシの村まで下山する3時間ほど。
そして、カラクリ湖で昼食。手前のパオがレストランなのだ。

ムスターグ、カラクリ湖
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もう、標高は3,000mを切っている。小泉さんも笑顔、言葉も戻ってきた。
さて、今宵から2泊カシュガルである。

8月5日(火)

今日は市内観光である。三枝隊長等は登山隊のお荷物を船便手続きへ。
ここカシュガルは中国でも最も西域である。故にアラブ系ロシア系チャイニーズの
混血軍団である。一般にウイグル人と言われる。宗教もイスラムである。独立したいわけだよね。

カシュガル・イスラム寺院
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歌声聞こえなく残念・・・
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チャイニーズの領域を超えています
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夕食は三枝隊長のお誕生日会。
そんな最中に日本の留守番本部から電話、ここカシュガルで爆弾テロが発生との事。
帰って確認したら16名もの死亡の爆弾テロがあったのですね。

三枝隊長のお誕生日
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8月6日(水)

今日は、大都会ウルムチに移動、午後は博物館や市場見学、夕食は「ひらまさ」
と言う日本料理屋で寿司、なんで日本料理なの?

ウルムチ市場にて
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ウルムチ・ホテルの部屋から
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8月7日(木)

本日、上海経由にて帰国。
明日は北京オリンピック開幕なのである。各通関はますます厳しく。
あわただしかった一週間、毎日が楽しく、ほとんど寝ていなかったような気がする。
とても内容の濃い一週間であった。

植松一好

山梨県山岳連盟創立60周年記念海外遠征お迎え隊編・その1

ご存知の様、連盟の海外遠征は中国の最西域、新疆維吾爾自冶区
(シンキョウウイグル)は崑崙(コンロン)山脈に属しているムスターグ・アタ峰7,546mを目指した。
ここパミール高原の中での最高峰は隣にあるコングル峰7,719mではあるが、
ムスターグ・アタは独立峰で独特な山容を形成している大きな山である。

本日31日AM9:30、
樅の木・中村、御坂・中沢両隊員がC3から頂上アタックに出発した。
無線交信状況悪く、アタック隊・BC間情報伝達できず。
積雪深く、朝夕の堅氷も日中はアイゼン効かず難航の様子です。
今夜、結果が判明予定。

なお、三枝隊長はBCに滞在中、
内藤会長はただ今BCからC1に登山中です。

残念ながら関・橋本の名前は今はありません。
植松も明日3時に韮崎を出ます。
成功を祈り、BCにてみんなと早く会いたいです。

植松。⇒以上直前状況。

お迎え隊メンバー;小泉(明野山岳会)植松(白鳳会)

08年8月1日(金)


韮崎市役所集合3:00⇒6:00成田J2P⇒6:20成田空港8:30⇒10:55上海空港着
現地ガイド呉梅さんのお出迎え。ウルムチ行きの飛行機が2時間遅れで18:50分発との事。
待ち時間7時間以上もある。呉梅さんにお願いして上海見物に出かけた。
空港からはなんと!リニアである。34kmをおよそ7分、最高速はなんと431km!

リニア430km!
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そして地下鉄乗り継いでいきなり上海ど真ん中!
ビルが、たかーい!

上海!
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左のタワーに上がった
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タワー最上階から
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呉梅さん、ありがとうございました。ちなみに梅さんなので女性ですよ。
上海空港18:50⇒22:00西宇(シーニン)22:50⇒1:10ウルムチ着⇒1:50ホテル着
ウルムチではやはり若い女性のガイド馬恵がお出迎え。翌日5:00起床なので早々に就寝。

08年8月2日(土)

6時半、馬恵さんが迎えに来た。北京時間なので真っ暗である。
ちなみにここウルムチは北京から西へ約2,500km以上は離れている。
通関無事通り、いよいよカシュガルへ。
ウルムチ8:30⇒10:10カシュガル着。
タクラマカン砂漠上空を飛び、機窓からは天山山脈が、
たぶんこれはポペタ峰とハンテングリ峰か。

天山山脈
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空港ではいかついガイドムラチェが我々を迎えてくれる。
車で登山事務所へ。登頂隊の状況を確認してもらう。
「名前はわからないが、一名登頂した・・・」「たぶん中村さんだ・・・ムラチェさん、酒屋寄って頂戴」
早くみんなに会いたい。どのくらいで着くかと聞いたら6時間後だそうだ。
しかもBCまで車で入れるそうだ。途中の検問も無事通過。
いよいよムスターグ・アタが見えてくると言う。
砂丘的砂漠的山を越え、草原状になると、想像以上に大きなムスターグ・アタが我々迎えてくれた。

ムスターグ・アタ!感動!
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やがてスバシの部落からダート道へ、4駆はガンガン上がり富士山の標高を越えてきた。
小泉さんの高山病が心配であるが、本人は平気との事。
そして、16:30みんながいるBCへ到着!

4,200m、BC着
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どうやら荷下げの準備真っ最中、三枝隊長大きな声が聞こえてくる。
登頂おめでとうの握手を次々行う。と、「ハウバンガー!!!」関・橋本も元気である。
今宵はテントで宴会である。

左から3番目、サミッター中村隊員、お疲れ様でしたー!
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左から三枝隊長・内藤会長・森北隊員
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手に持っているのは羊の肉である。おいしいー

08年8月3日(日)

本日は本隊にとっては予備日、小泉・植松、折角来たと言うことで氷河末端まで皆でハイキング。
小泉さんは完全に高山病、言葉少なく、目に光が無い。
みんなについてくるのがやっとである。しかし頑張っている!

氷河末端で全員集合!
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ムスターグ末端氷河
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BCに戻れば、地元のおっさんおばはんガキたちがバザールでゴザール。
昨日の日本語をもうマスターしている。「ぜんぶでいくらー!!!」

BCでバザールでゴザール!
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今宵はBC地にある巨大なパオでドイツ隊・イラン隊・パキスタン隊、そして我々日本隊、
登頂祝いをしてくれると言う。

その2に続く。

白鳳会 80周年記念海外遠征登山(トレッキング隊)

期間:2006年9月23日(土)~30日(土)
場所:中国 四川省 小金県
メンバー:9名

日程:

成都(ホテル泊)→→バス→→日隆 3000m(ホテル泊)→→馬&徒歩→→
長坪溝木洛子 3600m(テント泊)→→徒歩→→日隆(ホテル泊)→→馬&徒歩
→→大姑娘山ベースキャンプ 4200m(テント泊)→→徒歩→→大姑娘山頂(5025m)
→→徒歩→→日隆(ホテル泊)→→成都(ホテル泊)

 『百聞は一見にしかず』 と言う言葉があるが、今回はそれを痛感した旅だった。
名前も付いていない様な未踏峰の山が無数に。。。 激辛い料理、標高4000mを
超える所の峠を越える山岳道路、物凄い交通事情、凄い人人人。。。
何もかもがケタハズレの国・中国。 是非また来てみたいと思った。

バン亀初めての飛行機離陸に大興奮


お世話になるバス


激辛い四川料理


食堂の3人娘


沢山のお馬さん達


                  
通訳のチョウさん


鮮やかな青色のりんどう


馬に乗って長坪溝のテン場へ向かう


馬から降りてテン場を目指す


テン場到着


ヤクと左から四・三・ニ・大姑娘山


四姑娘山をバックに縦


四姑娘山6250m


四姑娘山北壁の夕景


テント内で大宴会№1


テントの中で大宴会№2


テントの中で大宴会№3


大姑娘山頂にて


大姑娘山頂に白鳳会の看板設置


奥に真っ白な無名峰が・・・


こんな凄い山があちらこちらに


我々の乗ったバスがあわや・・・


我々の乗ったバスがあわや・・・
 
報告:坊主上野
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白鳳会80周年記念企画海外遠征・アタック隊 第2話

06年9月27日(水) 天候 雪後曇り後晴れ

ゆうべ早い飯にしたが、飯食ってる時から急激に天候が悪化。
おまけに雷つき、逆に翌日は、日本的に考えれば快晴の期待をしていた。
夜中、テントをたたく激しい雨の音、やっぱ駄目だろうか・・・うつらうつら・・・また眠りつく。
今度はカストロ将軍の雄たけびで目が覚める。なんだなんだ???
雪だ!どうやらテントの除雪をせよ!らしい。
重い雪がしんしんと降っている。テントの雪を払い除けながら、あー駄目か・・・
時刻は午前2時。これにて終了なのか・・・
いや、まだ後2時間ある。午前4時、雪は雨に変わっている。
隣のテントからバン亀の声、「うえまっさん、どうします?」
「残念だけど約束だ、天気悪ければ行かない・・・」「了解しました・・・」
終った・・・

ゆっくりと寂しくも朝食を終え、本日は5,000m付近にデポした荷物回収をする事に。
雪雨は相変わらず降っていて、回収出発時刻を10時にずらす。
10時、相変わらず雪は降っているが、回収に出発。
折角、みんな高山に慣れたのにね。

デポ装備回収


デポ地点到着しロープ、アイゼン、ガチャ類回収する。天候は晴れず。
残った仕事は、BCにて、会旗と韮崎市から託された市の旗を掲げ写真撮影する事だ。
テントに戻る頃、皮肉にも晴れだした。
4日間お世話になったBCのキッチンテントをバックに、オールキャストで撮影。

BCにて会旗と韮崎市の旗


さてさて最終日、気持ちを切り替えて、今夜は6人で大宴会しましょうよ!

ジャンさんと


将軍熱唱!


バン亀熱唱!


ジャンさん熱唱


みんなそれぞれ飲んで歌って夜は更けていくのであった。

06年9月28日(木) 天候 雪後晴れ

幻想な朝


雪のBC


今日は下山である。二日酔いだーーー
ゆっくり朝食をとっていると、もう、ポータ達が上がってくる。

ヤン登場!


ハウバンガー!!!


中でもヤンは愉快愉快、非常に愉快である。
いきなりBCが賑やかになった。荷下げには若い女の子も来てくれている。

女の子もいます


滑り落ちたら止まらないだろう的草つき急斜面を1,000m一気に降りる。
そして車道へ。80周年記念企画海外登山アタック隊はここで終了した事になった。
時間はあるので双橋溝をのんびり観光、そしてオウさん家到着。

オウさん家に帰ってきました


ジャンさん、李慶さんと電話連絡する。
なんでもトレック隊は2名が病院へ行った???えっ!入院!肺水腫???高山病?だれが?
とにかく今夜は我々はオウさん家に泊まる予定だが、トレック隊と合流する事にした。
リーロンのホテル着。トレック隊の8名は予定通り大姑娘山5,025mに登れたそうだ。
夕方、みんなと合流できた。(入院者はここでは割愛します、2人とも同じ飛行機にて帰国できましたから)
みんなで食事、祝杯をあげた。

06年9月29日(金) 天候 曇り


成都に戻る日だ。お土産も買う日程も無いほど過密スケジュール。
朝5時にリーロンを出て夕方4時に成都着。

オウさん家でもらった首飾り


火鍋料理に行って、最後の晩は雪豹メンバーと祝杯をあげた。

李慶さん、峰さん、張さん、そしてオウさん、ヤン、雪豹のスタッフ、双橋溝のみんな、また来るよ!
ありがとう!ありがとう!ありがとう!!!

今回、山頂には立てなかったが、サラリーマン的限度休み1週間で、
5,000m級の未踏の山々に行ける可能性が見出でた事を実証できたのではないだろうか。
もちろん、高山に対する高山病には日数をかければかけるほどよいのだが。
それと、日本から持ち込んだ登攀類も一通り使用した。
結果論だが、欲を言えばアタック初日に後2ピッチ程ロープを延ばしたかった。
もうひとつ、ここの天気の周期は必ずと言って、午後は晴れるのだ・
だからアタック2日目は朝の天候を無視してヘッランで強引に上がればよかったのか。
しかし午後は落石の嵐である。もっと緻密にタクティクス練らなければいけないか。
これをクリアすにはBCよりも300mくらい上がった所にアタックキャンプを設立させ、
暗いうちから行動すれば可能と思う。
後は春先の雪が落ち着く頃がいいと思うが、果たしてポータは上がってくれるだろうか。
ともあれ、バン亀がこんな言葉を残している。
「まっさん、5千メートルの高所クライミングだよ、信じられんよ、わくわくするよ・・・」
この言葉が、今回の結果と、今は思っています。
未踏の双橋溝の山々は、これからだれが落として行くのだろうか。

 
白鳳会・植松一好
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白鳳会80周年記念企画海外遠征・アタック隊 第1話


60周年でボルネオはキナバル山へ。70周年では欧州アルプスへ。
80周年、会長等はモンゴル、カナダ、米ロッキー辺りへと行きたいと考えていたようだった。
しかし、昨年、この植松が、岳連理事長である青木氏と四川省の辺境の地へ行った報告をすると、
みなの気持ちが、ぐぐぐぐっと(goot)中国に近づき、
しかも、この私めはアタックすべき山を既に選んで来てしまったのだ。
というわけでトレッキング隊9名、アタック隊4名、計13名は、06年9月23日午前9:30、
CA422中国国際航空で成田から省都である成都に飛び立ったのであった。

トレッキング隊(四姑娘山6,250m周辺と最終目的大姑娘山5,025m登頂)
秋山会長・中田副会長・三枝副会長・植松父・山口和恵・井口功・上野賢司・萩原美知子・清水満雄

アタック隊(双橋溝・アピ山5,694m 5月まで未踏、中国隊4名が落としたが詳細不明)
植松一好・亀田博生・関秀倫・三入敏子

昨年の画像・左がアピ山


総隊長;秋山会長 副隊長;植松一好(アタック隊) 副隊長;井口功(トレッキング隊)
留守本部;渡辺真二郎

現地エージェント;雪豹体育探検公司(中国登山協会)


06年9月23日(土) 天候 晴れ
午前2時、韮崎市役所集合チャーターバスにて成田へ。
9時半フライト、北京経由成都着1時間遅れ16:30着。
雪豹、峰(ジャン)さん以下数名お出迎え、チャーターバスにて市内ホテルへ。

06年9月24日(日) 天候 曇り
ひたすらバスに揺られること13時間で4,700m巴朗山峠越え、日隆(リーロン)へ。
ホテル泊のトレック隊と4名は別れ、さらに一時間、現地人の軽に乗り込んでオウさん民宿へ。
オウさん、ヤンさん一年ぶりの再開である。
この日はもう遅くちょっと飲んですぐ寝る。

06年9月25日(月) 天候 曇り後晴れ
我々には時間が無い。今日は一気に1,000m上がりBC設営だ。
朝からポーター達が集まってくる。とてもにぎやかだ。
急ぎ、登山に必要な物、不必要な物分け、飯食って出発。

チベットの子

およそ3,700mで車道と別れ針葉樹の樹林帯、沢沿いに行き、すぐに急坂となる。
ポーター達の勢いは物凄いものである。
やがて森林限界となり深い霧が立ち込めてくる。
物凄い急斜面なので高度はぐんぐん稼ぐ。
うちのメンバーが来ないからのんびりしていると
「シュシュシュ・・・」どうやら早く行けと。
急斜面の石がゴロゴロした斜面をガンガン上がると急に平坦な場所に出た。
ここには水も流れている。高度計を見ると4,700m。ここをBCにしようと俺がいったら、
そうだここがそうだ、これ以上は我々は荷物持たない・・・だそうで。
とりあえずジャンさん、我々のチームメイトを待つ。
みんなが来た。とりわけ三入が大変そうだ。
さっそく、パルスオキシメーターで各自の測定をした。
やはり、三入のデータはよくない、バン亀も頭痛を訴える。
駄目であれば帰るポーター達と降りてもらうしかない。

19名のポーター達と


三入は下山、バン亀はオウさん療法が効いたのかだいぶ楽になったとの事。
今夜BCで様子見る。BCセッティング終わり、三入含めポーター達帰ると辺りは物凄い静か。
それに霧が徐々に晴れだし・・・対岸の山々が圧倒的迫力で現れだした。
バン亀の驚きがうれしい、そう、この景色!見てみろよこの景色!

アタック隊3名に


玉兎峰イーチェ?未踏


無名の鋭鋒


双橋溝


ポタラ残照


9月26日(火) 天候 曇り後晴れ
さて、アタックの日が来た。
ここより先は我々の手のみ足のみ。しかも今日明日のわずか2日間。
貴重な貴重な2日間、高度順応はいかがなものでしょうか?
8時出発!バン亀・関が頭が痛いと言う。
バン亀が言った「俺がこれ以上頭痛くなり駄目と言ったら降りますよ・・・」
「すべて了解!ゆっくり行こう・・・」
ガラガラの石の急斜面を行くと氷河に出、更に稜線上に出、アピの垂直氷河が眼下に見えた。

アピの垂直氷河


更に詰め、アピの主たる稜のひとつである東南稜末端に到達した。
標高は5,000mほど。
下から見ていた時、この稜からの可能性をまずは考えていたが、
もろい岩くずで構成されていてたとえ上がっても懸垂の支点が得られないとバン亀と一致。
氷河上を左上する事にする。フル装備装着。
クレバス怖いのでロープを張る。氷河1ピッチ50m亀リード、2ピッチ目植松リード。
氷河はアイゼンが効かないくらい硬い。アイススクリューが正解である。
2ピッチ目終了で大きなクレバスと壁が立ちはだかる。
クレバスを渡り、目の前の壁は登れない事はない。亀を待つ。
亀は調子よさそうだが、どうも関が悪いように思う。本人は大丈夫と言っているが・・・
壁、1ピッチ目亀リード。

1ピッチ目バン亀


氷河と隣の無名峰


壁を3人が越えたところで時間的リミットである13:30。
明日のルートが見えた(確認)だけでも本日の成果大である。
ジャンさんと無線交信をする。

翌日のルート(弱点)発見!


明日、総力戦である。標高は5,200mほど。

5,200mからの未踏の山々


しかし午後になると氷が解け始め、そこらじゅうで落石の音が響いている。
こんな山は始めてである。物凄く怖く早くこの場を退散したい。
懸垂支点作り・ハーケン2枚残置


30mほど懸垂下降いたし、まずは東南稜末端まで急ぐ。
落石デンジャラスゾーン脱出!
明日の為、主な荷物はここにデポしておく。
ジャンさんに無線連絡。
後は身軽になってテントへ戻るが、ここで関がゾンビとなってしまい動かない。
降りてもらうしかないので声もかけず、見える範囲で先に行く。
高山病は降りてもらうしか他に手はないのだから。
BCと双橋溝


BC着くと関もよくなった。
翌日は晴れていれば飯無しヘッランで4時出発、早めの夕飯にて就寝。

コックのカストロ将軍とオウサン


第2弾はまた来週!
Next See You Again!!!
 
白鳳会・植松一好
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中国遠征第4話最終章・双橋溝~成都

中国遠征第4話最終章・双橋溝~成都 05/10/11~16

<メンバー>
 隊長・青木茂 登攀隊長・井口功 登攀サブ・植松 隊員・関秀倫・高木直幸・伊藤陽一郎・橋本誠

<留守本部>
 山梨学院大学・渡部壮一

10月11日(火)の続き


たっぷりと四姑娘山を眺め、また別の山を見せてくれると言う。
今一度、リヨンを通り過ぎ、やがて別の谷の入口に到着した。
ここは、検問所見たいになっている。
要は、この谷には、一般車は入れず、ここで環境にやさしい?(どう見てもそうは見えないが)
シャトルバスに乗り換え、谷奥見学となるそうで、大型バスも全員ここで乗り換えとなる。

双橋溝入口

で、入口の公衆便所の所に大きな看板があり、よく見れば、自然のパンダが棲息してるとある。
「李慶さん、まじ?」「ちがうね、まったくいないね、世界遺産ほしくて、うそ書いてるね・・・」
大笑いでしょ!女王谷と一緒に申請中だそうだ。
さて、我々の車2台は、李慶さんの顔パスにてゲートが開き、難なく通過。
李慶さん、やはりここでは凄いのである。
この谷は、<32km行って来い>の谷であり、通り抜ける事は出来ない。
この谷の両脇に凄い山が沢山あるというのだ。
青木隊長も以前訪れているそうで、上高地を巨大化したようなもんだ、と語っている。

五色山
ポタラ峰

あっ、あいや~、まずは五色山5,430m立っとるでー!
で、ガンガン出てきますよ!凄いです!両脇に前衛の山飛び越して、ニードルピークガンガンです。
凄い、凄いの連発!デジカメはもうすぐメモリー切れてしまうから温存、残念ね。
しかし、一眼では結構取りまくりーですぞ!

阿び山
左・野人峰?

アビ山、マッターホルン見たいでしょ。標高も変らずで、なんか登れそうだぞ!
振り返れば、借人峰5,360mカー!これも立ってるしカッコエエヤン!

借人峰

やがて車はシャトルバス終点広場に到着。
おみやげ屋が建ち並んでる。ここの標高は3,800m程である。
周りは5,000m級の岩山がグルッと首が痛いほどである。
しかも、全部未踏だそうで・・・
李慶さんの話だと、日本からは青木さんの知り合いの大内さんP。
スーパークライマーの山野井くらいしか来てないそうで、
山野井は、ご存知の様、今年の6月、1ヶ月かけポタラ峰の壁成功してますよね。
欧米人においてはまだまだこれからだそうで、若干アイスクライマーは来ているそうですが。
今は季節的にとても安定していても、この谷全体ではスイス隊一隊のみしか入っていないそうだ。
えっ?おれら?あーおれらねー。ほういえばほうじゃんけー!
なんも出来ん、でんでん、こんな壁!スゲ-スゲ-とカメラに収めましょうよ。

シャトルバス終点
奥にも沢山あります

帰りがけにスイス隊の通訳兼ガイドが道路いて、もちろん李慶さんの仲間。
ある壁を攻略中で今はテントで休んでいる。山頂まで後2ピッチとの事。
彼を含め、この谷に李慶さんが入ってきた情報が地元民によっていち早く伝わっているのだ。
今夜はこの谷、李慶さんの知り合い?の民宿に泊まるそうです。
一旦、谷を戻り、標高3,200m辺りの集落、の中の日本で言う、民宿でしょうか?
で、ここをベースにして、またまた外国人未踏の谷へ明日から入るそうです。

3晩お世話になったオウさん宅・民宿
部屋は綺麗です

さてさて、明日から同行してくれるシェルパのヤンさんを夕食時に紹介してくれました。
とても強いそうです。声は潰れてますが、愛嬌あります。
言葉はまったくわからなのですが、何だか意気投合してしまい、こいつ!昔から知り合いなのか?
酔っ払い錯覚を起こすのであった。

まずは民宿オウさん宅で大宴会!


意気投合したシェルパのヤンさん
運転手ガオイ

長く一緒に旅をしているとガオイの性格もわかり、ガオイとも意気投合!
なんか、この宿の雰囲気が昔の日本の田舎的であり、なんかいいんだよね。
今夜はみんなはじけて、えっ?俺だけ?
いやいや、でもね、俺、翌日記憶が無いの、何でも学生達の部屋に行って、
全員、ベットから引きずり降ろしたそうで(悪い意味では無かったようです)
で、ガオイも楽しそうと、参加希望したが、そこは李慶さんに止められたそうな。
ここのところは断片的に覚えてるかなぁ井口さんが俺を寝かしたそうな。
翌日、青木隊長に怒られました。反省。
ヤンさん&おかみの原ゆっこ・似てるしょ!

10月12日(水) 天候 快晴

ひどい二日酔いである。「おまえなーゆうべはなー・・・」隊長から・・・
で、橋本が駄目だそうです。これは俺のせいではないよ。
そう、やっぱ、昨日みんな、はじけたそうです。
で、今日は、奥の谷に入ります。なんつー谷か知りません。
でも、李慶さん、外国人初案内と言っていたよ?
橋本は宿に残ります。と青木隊長も付き添いで残るとの事。
ヤンさんも登場いたし、しゅったつ!ヤンさん早い!
平坦な所は精一杯ついて行くが、山入ったら、もう駄目です、ついていけないし、二日酔いだし、
だしだし、あーぐえいわりぃぃぃぃぃぃ、さてさて、沢沿いにジャングル見たいな所を行く、
唐松の黄葉が綺麗である。ヤンさん、オコジョ見たく、さっきあそこにいたと思えば、
今度はこっちから現れ「ハウバンガ-!!!」となにやら訳のわからん事叫びます。
で、いきなり近くに走って来て、俺のXXXを掴み「ハウバンガー!!!」と叫びます。
学生達もつかまれ逃げ惑ういます。おかしやらなんやら。
井口さんだけは何もされません。
やはり、御先輩な方には敬意があるようです。
半日かかり谷奥入れば、やがて両岸は500m~1,000mのビックウォールに囲まれてます。
あいやー凄いね、ここ!沢水横に流れ、牧草的で最高なキャンプサイトと周りのロケーション!

谷奥に探検

次々と巨大壁出現!



ここで、昼食。日本のラーメン作って食べましょう。ヤンさんもハウハウ、ハウツーと喜んでいます。
飯くったら、日差しも暖かく、お昼ねタイムと李慶さん、ありがたい事ですね。
来た谷を「ハウバンガー!!!」と賑やかに降りて行くと、いきなり、アナグマが走ってきて、
その後ろを同じスピードでヤンさんが追いかけます。物凄い速さですよ!
で、捕まえられず、悔しそうなヤンさん。でも「ハウバンガー!!!」大笑いですよね。
谷も終盤に近づくと、李慶さんが言います。
「今度は確実ね、今から、ヤンさんが野生のひつじを捕まえるね。そして、学生が手伝って、
一緒に殺すね・・・で、今晩のご馳走にするね・・・」しばらく様子を見ていると、
遠くで、ホッホッ-、ヤッホーとなにやら走り回っている気配がする。
結果は、岩の上に2頭のひつじが上がってしまい、獲れませんでした。残念!
今宵は宿に帰って、静かに飲んで就寝!

10月13日(木) 天候 晴れ後曇り

今日は、また違う谷に入ると言う、今日は、明日成都に戻る為、
ガオイは片付けで残り、青木・橋本・ファンさんは山にご一緒となる。
李慶さんが言う「今日は、もっとすばらしい山、目の前に五色山、見せてあげるね、
涙、たくさんでるね、タオルいるね・・・」楽しみである。
この、五色山は民宿から頭だけ見えている。
しかし、今日は生憎朝から雲多い。
出発し、まもなく、ヤンさんが青木隊長XXXをいきなり掴み、「ハウバンガー!!!」
青木隊長、まじで怒ってやんの!
4,300m超えた辺りからファンさん、どうやら高山病のようである。
の間も、ヤンさん、山を「ハウバンガー!!!」と言い走り回り、
高木・伊藤が、ヤンさんの血は何色で何型かなぁ・・・みたいな話になり、血液の型はZと
だれともなく言い出し、ついに俺が「そうだ!奴は、ヤジンガーZだ!野人ガーZ!」
大笑いとなり、その間も「ハウバンガ-!!!」山々にこだましているのだ。
と、下方(谷底)に、馬ドロバーがいると李慶さん、ヤンさん、谷底に走る!
が、俺等の荷物が心配なのか?また走り戻ってくる。ここは4,300m越えている高度ですよ。
まさに野人ガーZ!で、井口さんから双眼鏡借りて、馬ドロボーを確認している。
が、下からヤンさんの仲間が現れたか、ヤンさん、我々に同行となった。
五色山は見えなかったが、中々楽しいハイキングでした。
そう、そろそろ、ハウバンガー!とは何?
昨日、谷を降りたとき、関が言った。「あれは'ともだちんこー'!!!じゃないですか・・・」
そうだそうだと落ち着いて、宿に帰って、ファンさんに聞いたら、そうではなくて、
凄い!とか立派!とか最高!とかだそうです。「ハウバンガー!!!」
それと、ヤンさんは元々こういう性格なのだが、初対面や客人には、こんなにはじけないと李慶さん、
どうやら、火をつけたのは俺だそうで、最初の晩、飲んだ折、俺が奴のXXXを掴んだそうだ。
それにしても愉快である。
で、谷を降りて行くと、ひとりの男が背を向け、たたずんでいる。李慶さんが言った。
「あれが馬ドロボーね、これからドラマが始まるね、よく見てて、おもしろい物、見れるね・・・」

馬ドロボー捕獲シーン



谷下からまずはひとり上がってくる、と、馬ドロボーの横に行き、なにやら言っている。
しかし、何も答えないのだろう・・・と、谷からもうひとり上がって来た。
それは民宿のおやじオウさんであった。
オウさん、大声で怒鳴ったかと思ったら、いきなり、頭大の石を、1mの至近距離もないだろう!
犯人に向かって、おもいっきりその石をぶつけたのだ!ウーッッッと犯人。おっかねー!!!と俺等。
「ね、いいもの見たね・・・」李慶さん、そして、連絡管である李慶さんもそこに行く。
馬も無事保護され、犯人ももう観念したようだ。
凄いドラマ、見せていただきました。
山、降りて、普通の民家によって、お茶呼ばれました。
ここの若夫婦、ゆうべ、李慶さんの所に子供を連れて訪ねて来た夫婦です。
実は、李慶さんに、義理の親になってもらったそうで、1歳になる女の子の名前のお願い中だそうです。
ファンさんの話だと、そこら中の部落で李慶さんは義理の親父になっているそうです。
ほんと!凄い人物であるね、李慶さん!
オウさんの所も最後の夜である。今夜はヤンさんも呼んでの食事となる。
夕方、馬ドロボーに石をぶつけたおやじも来た。
というかここの主人だが、いかにも他人とした顔で来るのだ。
このおやじ、とてもそういう事するおやじではなくて、ハイ!ハイ!ハイ!と言い、
酒をついで、わけのわからん日本語(俺の真似)使い、俺が大笑いすると、おやじも負けず大笑いするのであるから
笑いが止まらず困った次第で、で、おかしすぎて涙がとまらなく、まいった次第でごぜーますにだ!
朝一でXXXをつかまれた青木隊長は、今夜は俺に変りこわれてしまい、
隊長もおかしくて涙流しながら「ハウバンガー!!!」と言い、ヤンさんのXXXを掴みたく、
が、ヤンさん青木隊長には絶対掴ませないと逃げ回るのであった。
実に実に楽しくもお別れ悲しい晩でもあった。

ふもとの民家
オウさん夫婦

10月14日(金) 天候 快晴後曇り

今日は、正真正銘、山を降りる日である。
薄暗い内に目が覚めてしまい、もう一眠りが出来ない。
隣を見ると、青木隊長のベットがカラである。
井口さんを起こさぬ様外に出る。
ニワトリが鳴き、目の前には、ヤンさんの家がある。
炊事の煙が上がり、薄明るくではあるが、電球が点いている。
ゆうべ、明日は仕事で早いと言っていたっけ。
もう起きているかなぁ・・・と、家に近づいた。
玄関と思われる板には毛主席の古い写真が張ってある。
玄関に立つと、横の炊事場の扉が開いていて、暗くてよくわからないが、
奥さんとおやじさんであろうか?目があった。おじぎをすると、笑顔(歯が白い)が返り、
こちらに入れと手招きとイスを差し出してきた。
ヤンさんは起きたか?と、身振り手振りをすると、奥さんが出てきて、毛主席の扉をそっと開け、
まだ寝ていると指さした。起こしますか?にたいして、ちょっと迷ったが、いや、いいです。
と身振り手振りし、深々と丁寧におじぎいたし、そして、そこを立ち去った。
心の中でつぶやいた。また会いに来るとね。キット来るとね。
急に目頭が熱くなったので、大きく深呼吸した。
青木さんはその辺りを散歩していた。
井口さんも起きてきて、3人でいろいろ話をしたのは言うまでもないよね。
さて、朝食いただき、オウさんご夫婦にもお別れの挨拶いたし、車に乗り込んだ・・・
また、いつか来るよ・・・

リヨンの町で買い物いたし、今回の旅の最後の峠越えである。
天気はいいのだが、四姑娘山は雲かかり、4日前に見ておいてよかった。
巴朗山峠4,400mを越えると、峠の向こうは大雲海となっていて、
雲海の向こうに李慶さんが初登頂した大雪塘5,436mが遠望できた。

巴朗山4,487m峠より大雪塘

長い峠道をグングン降り、途中、トイレ休憩した所に屋台があり、
ひつじ・やぎ・牛・豚・にわとり等串刺しで沢山焼いていた。
そこの、ばあちゃん達じいちゃん達が、ガオイを見ると、いきなり、
李慶さんはどうした?李慶さんはどこにいる?と物凄いです。
当の李慶さんは車の中で隠れています。どうやら'うざったい'みたいですね。
でも、李慶さの知り合いという事で、串刺しはとても安く買えました。
ひつじがおいしかったーーー1本1元17円であります。
まだまだ峠をおりて、やっと、谷に降りると、広場ではいたるところでトラックが、
ブレーキが焼けるのでしょう、ガンガン水をかけています。
そして、昼食のため、ある食堂によると、見た事のあるパジェロが止まっています。
そう、例のカワロリを登れなかったエゲレス隊であった。
ここでも李さんは有名で、昼食中に我々の車を洗車してくれます。
昼食後は一時間走ったところに、大熊猫苑、つまりパンダ専もん動物園に行きました。

パンダ園1
大熊猫苑2

動かないから置物ずらずらと俺、石でも投げるかと俺。
ここもエゲレス隊がいて、ここまで来ると、日本の観光客、仰山おりまっせ!
夜、大都会、成都に着きました。
チャイナドレス着た、綺麗なおねー様方沢山いるお店で食事。
李慶さんの仲間で有名なガイド、ガオビン(高敏)ガオイの実の兄ちゃんも合流いたし一緒に食事。
明日は観光です。
久々にシャワーをあびて、ホテルの部屋でまた井口さんと飲むのであった。

10月15日(土) 天候 曇り後晴れ

李慶さん、9時に迎えに来る。今日はどこにいくのだろうか?
町を離れ、一時間ほど高速とばして<史跡・三星跡>についた。
ここは高い!です。日本円で1,400円もしますが、それなりである事は見学後にわかった。
しかも、日本の学生証見せれば半額になるし、井口さんも60歳以上と身分証明だせば、
半額になります。李慶さも助かりますよね。

三星跡1

三星跡2

三星跡3

三星跡4



およそ3,000年前の遺跡で、自然災害でずっと埋もれていて、近年の発掘だそうです。
この時代(年代)にこの様な、青銅技術を持った民族がなぞ?
彼等はどこから来て、どこに去ったか、また言葉は?????
すべてが謎であり、宇宙人説まで出ているそうです。
李慶さんが日本語説明しているから、日本人がそば耳立てて聞いています。おかしいですね。
さて、成都に戻り、李慶さんお薦めの餃子屋にいきました。
言うとうり今まで食べた餃子の中では最高!
その後、ファンさん合流、かわゆい子連れているではないですか?
ファンさんの妹のペペちゃん、新婚さんだそうです。
学生等ははしゃぎまくります。
観光案内と買い物に付き合ってくれます。
ここ、成都は三国志の舞台でもあります。
私めも、大ファンでございまして・・・

成都・諸葛孔明廟堂?

夜は、運転手のトウさん除き、全員でお別れ食事となり火鍋屋へ行きました。
皆、一人づつ今回の旅の感想を語り、お礼を言った次第です。

最後のお別れは火鍋宴会!

火鍋の赤はあなた方、中国のまさに勢いそのもの!
白く味気ない方は、日本のまさにしらけたそのもの!
と俺、中国側から大拍手、おこった次第でございます。

右・ファンさん、左・妹ペペちゃん

10月16日(日) 天候 曇り

今日は帰国です。トウさんも来てくれました。
チベット販店よって最後の買い物いたし、軽くラーメン屋よって空港に向かいました。
空港で別れの挨拶いたし、最後は李慶さんと握手!
もう、何もいう事ができませんでした・・・

長話、御静聴?お付き合い、ありがとうございました。

Let's go to SHISEN together again next year.!!!
 
植松一好
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中国遠征第3話・理唐~四姑娘山

中国遠征第3話・理唐~四姑娘山05/10/9~11

<メンバー>
 隊長・青木茂 登攀隊長・井口功 登攀サブ・植松 隊員・関秀倫・高木直幸・伊藤陽一郎・橋本誠

<留守本部>
 山梨学院大学・渡部壮一

10月9日(日) 天候 晴れ

ゆうべは夜遅く理唐に着いた。理唐では来た時と同じホテル、高城酒販に泊まる事が出来た。
トウさんとファンさんは、我々が山に入っている間、ここ理唐に滞在していた。
故においしい食堂を見つけたといい、我々はそこに行く事にした。
そこは、成都より来て、小さな食堂を開いていると言う若夫婦のお店だった。
若夫婦は、ここ理唐で稼いで、いずれは成都に戻り、大きなお店を出したいと言う。
ここではおいしい餃子と鍋を食べた。ファンさんの言う通り、物凄くおいしかった。

翌日の朝は、昨夜遅かったのと、今日は雅江(やーじゃん)に戻るだけなのでゆっくりだ。
今朝も昨夜の若夫婦のお店に向かった。と、店の前に最高級パジェロ3台が止まっていた。
それはイギリス隊の物であった。話を戻さなければいけない・・・

我々の隊長青木さんは、過去2回この地(四川)を訪れている事は冒頭で述べた。
ここ、理唐より北に500km余り行った所に甘攻(カンゼ)と言う町がある。
ここに'カワロリ'と言う独立峰の未踏峰があるのだ。
ここを日本ヒマラヤ協会の中村さん等に紹介され、2度の偵察に来ていたのだ。
'カワロリ'5,992m。青木さん等の写真を見る限りでは秀峰である。
我々は、今回この探査の以前の計画は、当然の如く'カワロリ山'攻略であった。
しかし、何度目かの打ち合わせ時にこんな手紙が青木隊長の元に届いた。
それは英国ヒマラヤ協会からであった。
内容はざっとこんな感じである。
「我々英隊は'カワロリ山'登山を正式に中国登山協会に申請した、よって、未だ申請を行なっていない
日本隊は今回は見合わせるべきであり遠慮して欲しい・・・」と。
これには、青木さんは元より中村保さんも面食らい、抗議しようと、だが、そこはみな冷静になり、
我々はこの山を研究していけばしていくほど、トータル日数の少なさ、学生等の経験不足、
山の難易度の高さ、等々、と同時に中村さんより、英隊と同時期に競い張り合うより、
未だ、世界に写真の無い地域がある、そこに転進してはどうか?
今回の旅のいきさつはざっとこんな感じであったのだ。
その英隊が目の前にいる。
当然、李慶さんは、仲間のガイドが英隊に付き添っているので急ぎ確認をした。
答えは、英隊は登れなかった!なぜ?高僧ラマ(チベット族の坊さん)等の猛反対にあったそうだ。
しかし、英隊は中国が許可している、金も払っている、だからとこちらも強引に出た所、
ライフルと刀を持った原住民に囲まれたそうだ。
基本的にチベット族は秀峰であればあるほど、聖なる山と日夜崇めている。
その頂を踏む?しかも異国人が踏む、嫌うどころではない!未だカイラスしかり、梅里雪山しかりである。
では、数々の峰々が落とされて来たのは?
金である。それがすべてではないのだけれど、一言で言えばそうであろう。
理唐を走り去る毛唐が沢山載ったパジェロを、我々は複雑思い出見送った・・・

さて、我々は若夫婦の経営しているお店に入った。
肉まんを中心にした朝食は物凄くおいしかった。
この陽気な若夫婦、いずれは成都にて成功してほしいものである。

理唐の町を去って、また長い車の旅が始まった。
4,000mの峠では来た時には無かった雪景色が我々を迎えてくれた。

峠の彼方は白い世界

4,000m級の峠をトラクターで越えます

そんな峠を爆音立てながら、トラクターで越える民族に、またまたたくましさを感じた。
谷に降りたり、4,000m級の峠を3つほど越え、グングン下がって、今夜の宿泊地、雅江に着いた。

チョルテンはいたる所にあります
雅江の町に帰ってきました

雅江では来た時に泊まったホテルがいっぱいであり、我々は、最高級ホテルに泊まることとなった。
李慶さんの出費が心配である。と言うのも、我々は、成都到着のおり、
李慶さんに一切合切のお金(元々言われていた金)を預けてこの旅をしている。
僕等が個人で日本円を持っている以外は、李慶さんより各個人配られた100元のみである。
故に、李慶さんは、我々が極端にいやがらなければ、安いホテル泊まれば泊まるほど、
李慶さん達のもうけになるのである。
このホテルの高級ぶりはまさに凄く、中庭の駐車場は泊り客の高級車ばかりであり、
高額なお布施で食っているお金持ちの坊さんや、沿岸大都会の超金持漢族等が宿泊している事は間違いなく、
大きなロビーにはダマイラマの弟の集団が泊まったという写真が飾られている。
とにもかくにもうれしい事に、おかげでシャワーが使えるのではあったが。
早く着いたので、雅江の市街見物となった。
狭い谷に大きなビルが立ち並び、更にあちらこちらでホテル建設なのであろう工事が行なわれている。
ここ雅江まで戻ってくると、町を歩いているチベット民族のおばちゃん達のおしゃれにも気づく。
夕飯はラーメン屋に入った。面食い党の僕はラーメンと聞いただけでも小躍りしてしまう。
しかし、出されたラーメンと言うものは日本的ラーメンとは程遠く、煮込み冷麦であり、
それが極端に辛いか、薄味か、であり少々ガッカリゲンナリであり、
やはりここでも飲むしかないのであった。

10月10日(月) 天候 晴れ

このまま、成都に戻るには日数が余りあまってしまう。
北周りで凄い山を見せてやると李慶さん、楽しみである。
雅江から進路を北にとり、草原地帯の穏やかな景色が続く、そして、観光地である塔公寺に到着した。
青木隊長がしきりに感心している。と言うのも青木さんは、以前の旅でもここは訪れており、
その発展ぶりが物凄い勢いだと言う。

塔公寺
ここにXXすると罰金!

この町で昼食を食べ、この町を去るため、町の端を曲がると目の前に大きな山がいきなり望めた。
それがアラシン?イヤラシン?イヤラシイ山であるのだそうだ。

塔公寺からアラシン山?

手前が山梨でたとえるなら御坂山塊で、の奥に富士山とでもいいましょうか、
よりも何よりもスケールは相当でかいですね。
草原地帯を数時間走り、やがて車は峠を越えて行くと
今度はラテン系の若い二人のチャリ組を追い越した。
そして、ある谷に降りて行くと、右前方に凄い山が現れた。
凄い雪山だ!これが先ほど塔公寺で見たアラシン山の別方向の姿だ。

アラシン山・未踏峰

この山は未だ未踏なのだが、なんと!李慶さんは挑戦したそうだ。
李慶さんが話すのには、この谷奥までポーターを雇い、BCを張り、
正面の稜線を上がって左のピークまでは立った。
しかし、時間切れ、及び、4kmはないが、相当鋭く長いナイフエッジにあきらめたと。
しかし、凄い山である。秀峰である。いやはや・・・
と、ラテン系の先程の若者二人が追い着いて来た。
彼等も当然のように山を見ては歓声を上げている。
やがて、彼等とうちの若い連中が話しをしだしていた。
詳しくはわからないのだが、まとめると、どうも彼等はイタリアの軍人で、
長期休暇を利用してこの辺りを旅しているのだそうだ。
荷物が少ないのは町から町のホテル住まいの旅だそうだ。
アラシン山を後に車は狭い谷をグングン下る。
この谷狭さと、両岸の絶壁は凄く、落が来たらひとたまりもないだろう。
そして、暗くなる頃、我々は、またまた狭い谷の中の大きな町に到着した。
そう、そこが、美人の町'丹巴'(タンパ)であった。

丹巴の町1
丹巴の町2

ホテルに入り、夜の丹巴を散策する。
ここまで来ると、標高が低いのだろう、風も暖かく感じる。
今宵も飲んで、丹巴哲郎でーす!調子づいてしまうのだ。

10月11日(火) 天候 快晴

夜に到着していたからわからなかったが、ここ丹巴も狭い谷に大きな町である。
目の前の川は濁流化していて、その水の多さに圧倒される。この川はどこにたどり着くのだろうか?
こんな大陸の山奥でこの水量である。聞けば、最後は長江にたどり着くのだと言う。
そのスケールの大きさに思わずため息が出てしまう。
ここ丹巴県は大金川・小金川と名があるように、その昔、多くの金を産出した所でもあり、
その金をめぐり、多くのチベット民族の融合化が進み、文化も繁栄し、最高な採金採出技術をも持っていて、
また、ある時代には女性が王位に立った時代もあったそうで、ここいら一帯を女王谷と言うそうだ。
別名美人谷・唐の時代7XX~9XX年の歴史書に東女国の名もしっかりと刻まれている。
そんな谷の見学に、大きな川の谷を離れ、李慶さんは寄り道をしてくれる。

女王谷の遺産1
女王谷の遺産2

王谷の遺産3

石積みの狼煙台or見張台がいたるところ残っている。
ここは今現在、世界遺産登録申請中だそうだ。
今一度丹巴の町に戻り、車は更に北に向かい、川沿いに沿って西に延々と走りこむ。
やがて、近代的な大きなホテルが乱立、いかにも最近出来たばかりの町に到着した。
そう、ここが、四姑娘山(スークニアン)のふもとの'リヨン'?すいません漢字出ません。
リヨンの町で、なんと!この町、聞けば、極端だけど、李慶さんが作った町だそうです。
なのでここでは李慶さんは英雄であり、李慶さんを知らない人はいないといいます。
この話はこうです。
李慶さんが若い頃、四姑娘山に憧れ、この村にテントを張り、長期滞在した時の事です。
当時、村は数軒しかなく、ある時テントに戻るとある物が盗まれていました。
当時から連絡管である李慶さん、村人集め、犯人差出を要求したところ、10歳のガキだったそうです。
正直に名乗り出、悪意の無い事がわかり、李慶さんは、村人全員に諭したそうです。
この村は今後、恐ろしく発展する。漢民族の資本が入り宿ができる。
町は大きくなる、そして、あなた方も働き裕福になれる、だから今後一切盗みはするな。
約束する、町を造ると・・・あなた方も約束しなさい・・・
そして、李慶さんは約束を守り、村も大きく発展し、李慶さんはこの村の恩人となったのだ。
「まだまだホテル作ってますね・・・」と俺、「あと、3倍は大きくなるね、この町・・・」
と李慶さん「李慶さんも大変ですね・・・」二人で大笑いした次第である。
天気がよいので、昼食食べて、その'スークニアン'を見に行った。
あっ、はははっ!スゲ-や!こりゃスゲ-や!
これが!四姑娘山!カー!スゲ-や!

四姑娘山!6,250m

一大観光地となるわけである。
このスークニアン、初登はなんと!日本人。同士社大学が落としたそうです。
ここでは内容は割愛しますね。
ただ李慶さんもこの遠征隊に半年付き合った事は付け加えときましょう。
山頂の雲が吹き飛ぶのを時間があるのでゆっくりと待つ。
待つ間も大型バスが到着すると沿岸漢民族のお金持ち集団がぞろぞろ降りてきて、
首からカメラやビデオを吊るし、山見てはぎゃ-ぎゃ-騒ぎ、うるせいのなんの!
んで、俺に写真を撮ってくれとカメラを渡され、メーカー見るとビックリ!
キャノン・パナソニック・ソニーetc・・・しかも最新モデルやんの!
おまんらは・・・やめときましょう。
去れば、また静かさ戻り、みんなで山を眺める。
李慶さんが、ブランデーを取り出して飲み始めた。
当然、俺にも回ってくる。心地よい酔いが回りはじめた・・・
凄い山があったものである・・・

Next See You Again!!! 舞台は最終章・双橋溝へ
 
植松一好
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